踊る阿呆に書く阿呆

元キャバクラ店長、元NPO職員、元家電量販店員。色んな元がついた人間の雑記。

禅やマインドセルフで得れること

 

最近、マインドセルフや禅が注目されている。

 

 

その教えや考え方はもとより、マインドセルフでは瞑想、禅では座禅といった取り組みをするのがいいんだよ~と、実際に実践する事がよいとされている。

 

 

両方に共通することが「瞑想や禅をするからと言って、成功したり悟りを開けるわけではないよ~」といった所、何かを得ようとすること自体が自分を苦しめているのであり、色んなしがらみに囚われる事をやめようよ、その為に、ただ今を見つめよう、とにかく座ろう。

 

囚われることに囚われることなく囚われずに囚われないで囚われることなく生きよ!

 

が大事……

 

 

 

とは言うものの、頭の中で「囚われ」が堂々巡りを繰り返してしまうのも特徴の一つ。

シンジ君も逃げたいときこんな感じだったのかな……

 

考えるのを考えるな、とは文章にするのは簡単だけど、実践するのは難しい。言うは易しおすしですし。

 

なので、自分なりに腹に落ちる「得られる事」を文面化してみた。

 

 

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結論から言うと、マインドセルフ、禅で得れるものは「自分の人生を本と見立て、目次を作れる」事。

 

そして、その本を作る際に一番重要なのが「句読点を付ける」事で、その方法が瞑想や座禅である。

 

 

 

生きてく上で、人と比べたり、社会に合わせようとすると、色んな事に囚われていく。

そうしない為には、自分を見つめ、内なる声を聴き、今を一所懸命に生きるのが大事だと教えられる……

 

だけど「自分を見つめる」ってむちゃくちゃむずかしい、まじムズイ。そもそも「自分」を考えすぎると、哲学の話になってしまい、堂々巡りどころじゃない……

 

自分らしくありのままに好きな事だけして生きていこうって、理想だけど、難しいんだよ……

 

アナと雪の女王のアナは、「ありのまま」が「氷を自由自在に操れる能力」を発揮する事だから、迷いはなかったんだよ。

 

じゃあ、氷を操れるような特殊能力がない人はどうすればいいのか……

 

 

大前提として、「人に歴史あり」といった考えの元、自分をストーリーの主人公にするしかない、本を作るしかないんだと思う(漫画でもいいけど)

 

そして「自分のストーリーを言語化」するには、句読点を付ける作業が必要になる。

日記を書くのではなく

 

「出来事に区切りをつける」

 

為に文面化、言語化する。

 

 

ああ……今日はあんなことがあったな、、、、、以前のあれは、こうなったな………

未来は………わからない

 

的な感じで、自分に目が行くようになるんだと思う。

 

 

これが出来な人は、「みんなそうなんだ」「あの人がああいうからこうすればいい」と受動的な考えに陥ってしまう。

 

「、」や「。」を付けないと社会に同化してしまう、同化しちゃう。

 

 

 

禅宗では、円相という絵がある、「〇」の絵を見た人が様々なとらえ方をする、といった考えの元書かれたもの(個人的にむちゃくちゃかっこいいと思う)

何か文章の区切りが「。」なのと関連があるのかもしれないとも思う。

 

 

禅から得れるのは「人生の目次」で

そのやり方は、座っているときに、頭の中で思い出に「。」を付ける事。

 

出来事に区切りをつける。

人に歴史ありなんだ、と自分で思い、自己肯定感というか、自己認識感を高める。

 

そうすりゃ、囚われがなくなるよ~と私は思う。